あっという間に水曜日の夜。
最近読んだ本の中に、人の体感時間は歳を取れば取るほど短くなるということが書いてあった。
10歳の時の1年間は、人生の10分の1だから長く感じ、
40歳の時の1年間は、人生の40分の1だから短く感じる、と。(ナントカの法則、という名前がついていた)
さらに、子供の頃は、何もかもが新しい体験なので時間をじっくり味わえるが、おとなになって新鮮な経験が減る、つまりは日々がルーティンになればなるほど時間はあっという間に過ぎ去っていくと。
自分みたいな注意力散漫グータラ大好き人間にとっては、日々のルーティン化による規則正しい生活は悲願であり、実際そういう啓発本も読んで取り組んでみたりしてるけど、ルーティンで体感時間が早く感じて人生があっという間に過ぎていっちゃうなら、注意力散漫グータラなままゆったり生きていきてえな。とか思うけど、そういうことではないんだよな。
色々折り合いつけて、「ていねいな暮らし」っぽいルーティンを身に着けたいなと思いながら、日々葛藤は続くのである。
夜に時間をかけずに文章を書く、というのもルーティンにしたくて、今日こうやって寝る前にパソコンを開いて、15分以内に書くぞ!と意気込んだはいいものの、タイトルに書いた本題に到達する前に10分経ってしまった。
頑張ってあと5分で書き切るぞ。
ルーティン化苦手三日坊主注意力散漫グータラ大好き人間の自分にとって、数少ない習慣化された行動が、銭湯に行くことだ(このブログも銭湯の話しばっかだし)。
特に夏の銭湯は、サンダルつっかけて原チャ飛ばして(30km/h以内です)、サクッと済ますことができるのが良い。
まず夏の銭湯のいいところ1つ目は、番台でお金払って脱衣所に入ってから、30秒以内に浴場インできることだ。
これが冬だったらどうだ。マフラーをとる、ジャンパーを脱ぐ、パーカーを脱ぐ、ヒートテックを脱ぐ、ズボンを脱ぐ、下のヒートテックを脱ぐ、靴下を脱ぐ、脱いだやつをまとめる、でた後に着るものを準備する…脱衣所でやることが多すぎる。
夏は、Tシャツ脱ぐ、パンツとズボン一緒に脱ぐ、はい、裸になるまでわずか2ステップ!タイパ最高!
夏の銭湯のいいとこ2つ目は、風呂上がった後、適当に拭くだけでOKなので、2,3分以内に浴場アウトできることだ。
これが冬だったらどうだ。しっかり髪拭いて、ドライヤーする、ちゃんと体拭いてパンツ履く、ヒートテック履く、スウェット履く、上のヒートテック着る、パーカー着る、ジャンパー着る(すぐ着るのは暑いからしばし涼んでから)、靴下はく(風呂上がりの靴下は冬でも嫌い)…脱衣所でやることが多すぎる。
夏は、髪はワサワサ軽く拭いてタオル巻く、体から目立った水分を拭く、ある程度ふけたら、あとはパンツとTシャツに吸ってもらえば良い。帰りに夜風ですぐ乾くから!タイパ最高!
夏の銭湯のいいところ3つ目は、帰りの原チャで夜風にあたるのが気持ちよすぎるところだ。
特に、関戸橋をガーッと飛ばす(30km/h以内です)のが最高である。この瞬間は嫌なこと全部忘れちゃうし、歌でも歌っちゃいたくなる気分。この夜風を味わうために、銭湯に行っていると言っても過言ではない。
関戸橋走る時(もちろん30km/h以内)、右側に見える聖蹟のタワマン群を眺めながら、二子玉には及ばねえけど頑張ってるよな、聖蹟。と、わが町に思いを馳せながら、今日も帰路につくのである。
あ、もう30分経っちゃった。
時間をかけてじっくり楽しむ、冬の銭湯も大好きです。
夏の風呂上がりのカルピス一気飲みが至高。
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2026年7月が光のごとく過ぎ去っていった。
店(くさびや)の5周年月間ということでイベント等を詰め詰めにした結果、自分で自分の首を締め、日常から足元が浮いた状態に。地に足がついた日常に少しのワクワクや彩りを、ということが店の信条だったはずなのだが、当の本人がフワフワしてしまって反省である。3日坊主でおなじみの自分にしては珍しく、今年は日記を書くことが半年間続いていたのだが、7月はそれも飛び飛びになってしまった。
後半は特に爆速で進んでいった感覚だが、振り返らずに過ぎ去ってしまうのがもったいないような素敵な出来事もあったり、自分の気持ちも日々ジェットコースターのようにの浮き沈みしていたので、簡単に記録に残しておきたいと思う。
・7/18 土曜日
5周年記念ということで、初めて立食形式でパーティのようなイベントを開催。
ありがたいことに40人弱の予約があり、パンクしたらどうしようという不安もあったが、うまい具合に分散してご来店頂いたお陰で、程よく埋まり、程よく皆さんと会話も出来る、という理想の空間になった。いつもは調理で厨房に籠もってしまう加奈さんも、この日はフロアで皆さんと交流出来ていたようで良かった。
これ初めてやるけど上手くいくんかな?みたいなシチュエーションは、お店をやっていく中で良くあり、毎回ビビっているのだけど、結構いつも良い感じに収束してくれる。
ビビりながらやってるのが良い具合にアクセルを緩めてくれてるのかもしれない。これからも、ビビりながら色々な企画を進めていきたいと思う。
この日は、本当に沢山の差し入れやお祝いの品を頂いてしまった。来て頂けるだけでも心から嬉しいのに。本当に、今までくさびやに来て頂いた全ての皆さん、気にかけて頂いた皆さん、ありがとうございます。
・7/19 日曜日
Jリーグ開幕に向け、府中の公民館にて横断幕制作。中学生の時に応援団体に所属してから、26回目のシーズンだ。
過去25回は、冬の寒い時期での制作作業だったが、今年から夏開幕になり、盛夏の時季にこういった作業をするのは新鮮な気分だった。
・7/20 月曜日
ワールドカップ決勝をソファで寝ぼけ眼に観る。悲喜こもごも、ドラマに溢れた大会だったが、最後は大人と子供がやってるような感覚になるほど、スペインが圧倒していた。あっけなかった。
この日も日中は横断幕制作。早く終わったので、午後はオッチョ氏と公民館にある市民プールへ。彼とは20年以上の付き合いだが「潜水が2分以上出来る」という新しい特技を初めて知ることになる。長生きしそう。
・7/23 木曜日
25日のライブに備え、近所に住むギタリストのマック福田氏に音響機材を借りに行く。
午後、新たなチャレンジのためにあることをトライするが上手くいかない。下準備、調査不足を反省。ハマって深夜まで色々調べてしまって、リズムが狂う。
・7/24 金曜日
美容師さんから急遽空きが出たと連絡があり、2センチほど伸びた根元の白髪を染めてもらう。こう見えて白髪が全頭に広がってるんです。白髪が似合うような渋い顔面になったら白髪でも良いなと思ってるんですが、いつになるやら。
夜は、永く気にかけて下さっている御夫婦と素敵な会食。前回はペルー料理、今回はシンガポール料理。毎回未知の素敵な食事と出逢わせて頂いています。
帰宅後、山本くんと翌日のライブに備えて店内で設営。音響まわりは山本くんに任せ、自分は新しいビールサーバをテストするも上手くいかず、なんとなく嫌な予感。
山本くんを自宅まで送迎し、4時頃寝る。
・7/25 土曜日
LOCAL to LOCALという新しいライブ企画の当日。LOSTAGEの五味岳久さんにくさびやで弾き語りをしていただく日だ。
この日に関しては経緯や思い、そしてライブの素晴らしさを文章にするとかなりの量になってしまうので、ここでは割愛。
くさびやの規模感からすれば、五味さんを呼んでライブをするというのは、非現実的というか、無謀というか。普通に考えればそうなのだけれど、今回は、それを現実たらしめる、さまざまな歯車の噛み合いと、熱量が存在した。
そして意図していた以上に、関わってくれた人たちに、新しい出会いや挑戦の機会も生まれていた。ただ演奏して頂いて終わり、にはしたくなくて、ここから結ばれる何かがある日に出来ればと思っていたので、それは嬉しい想定外だった。
手伝ってくれた若者2人の誕生日が近かったので、片付け途中にケーキでお祝いをする。年齢も一緒だったようで、希望に満ちた2人への羨ましさと同時に、芯の通った頼もしさを改めて感じる。自分が22歳だった頃なんて、ヘナチョコすぎて。
・7/26 日曜日
4回目の「おむすびズムマルシェ」の日。
この日の振り返りもしっかり書きたいので別の機会に譲るとして、イベントは2日連続でやるもんじゃないですね。計画した自分を恨みます。
それでも大きなトラブルはなく、多くの方が笑顔で楽しんでくれたことへの安堵と、ほんの少しの自信。
多くの反省があり、もっと準備と努力が必要だという事実は、振り返った時に自分を苦しめる要因にはなるのですが、それをまた次への原動力にして。終わりなき旅路を進んでいく事を楽しんで行こうと思います。
・7/28 火曜日
夜、久しぶりに府中二郎へ。
夏はつけめんを頼むことが多くなる。この世の食べ物の中で一番濃い(自分調べ)つけ汁が脳と体を刺激し、夏バテなんてふっとばしてくれます。
・7/31 金曜日
あるライブ会場から注文を頂き、早朝配達。
お世話になった担当の方が辞められてしまったにも関わらず、うちのことを後継の方に引き継いでくれていたようで、ありがたい限りである。
この一つの注文を取っても、色々な出来事や縁がつながって今に結ばれている。その事を嬉しく思いながらも、関係を継続していく上で発生するプレッシャーも感じながら。
7月、完。
何かを企てたり、新しいことに手を出してみたり。
そういったことをくさびやを通じて自分が出来るのも、店長の加奈さんが日々、最高の食事と接客で店を守り、攻める時は共に攻めてくれているからこそ。5年間の感謝を込めて。そして、未だ見ぬこれからのくさびやを共に創り上げていくワクワクを込めて。
加奈さんを支えるレンゲちゃん、エンドウさん、今は辞めてしまったけど店の創成期を支え盛り上げてくれたハルちゃん、ツボイくん、エリさん、アヤノちゃんにも、大きな感謝を。
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閉店30分前の22:30に入店し、1分で服を脱ぎ(脱衣所に入って左側の端のロッカー)、5分で頭と体を洗い、残りの時間であつ湯、水風呂、ぬる湯、水風呂、あつ湯の順でお湯に浸かり、適当に体を拭き服を着て、髪は冬でも乾かさず、ロビーへ行き、350ミリリットル缶のカルピス(100円だったのに最近120円になった)を買い、番台の女将さんとおやすみなさいを交わし、23:00の閉店とともに退店するのが、いつもの銭湯ルーティンだ。
ルーティンを守る、ということが極めて苦手な自分でも、これだけは、数年前にこの銭湯に通い始めてから、変わらずに続いている。
この日は雨だったからか、入店時は自分を含めて3人。
うち1人は大抵居合わせる、お腹がポッコリ出ていて短髪で、サウナ、水風呂を繰り返すお馴染みのオジサンだった。
空いててラッキー、と思いながら体を洗い終えた頃に、異変を感じる。いつもは人気のないあつ湯の風呂に、もう1人のオジサンが浸かっているのだ。
あつ湯は、とにかく人気がなくて、混んでいてもほとんど空いているのでゆったり浸かれるのだが……。
あつ湯は2人は入れる大きさなので、気にせず自分もルーティンを守ってあつ湯に入ればよかったのだが、浴室に2人(もう一人のお腹ポッコリオジサンはサウナ)しか居なくて他はガラガラなのに、2人の男が狭いあつ湯にひしめくのはなんとなく滑稽だし、オジサンにも「えっ、他空いてるのにここ来るの?」と思われるのもなぁと思い、泣く泣くルーティンを崩し、この日はぬる湯から浸かることにした。
一発目がぬる湯だと、その後の水風呂の気持ちよさが半減なんだよな……と頭の中でブツブツつぶやきながらそろそろ水風呂へ、と思ったとき。オジサンがあつ湯を出て水風呂へ向かったのだ。
このオジサン、俺と全く同じルーティンじゃん。
ということは、このオジサンが水風呂を上がるのを待って、俺が水風呂に行けば、交互にあつ湯⇔水風呂を2人でうまくやりくりできるのだ。であればもう少しぬる湯に我慢して浸かって、オジサンが水風呂を出てあつ湯に戻るのを待つのみだ。
風呂好きと言いつつ生来我慢弱い性格なので、長風呂は苦手だが、仕方ない。
そしてついにオジサンが水風呂を出ようとした時……
サウナの扉が空く。
まさかの刺客、お腹ポッコリサウナオジサンだ。サウナに居たから忘れてた。
もちろん彼はサウナから水風呂へ一直線。またタイミングを失った。
さらにこのままだと、サウナオジが水風呂から出るタイミングで、今度はあつ湯オジが水風呂に戻ってきてしまう。嗚呼。
(別に、水風呂もギリ2人入れるから一緒に入ればいいんだけど)
ということで、ルーティンは大幅に崩れ、ぬる湯に正味3ターン浸かることに。思わぬ長風呂であった。
思えば、昼間くさびん(俺のChat GPTの名前)に「今日は体が重くてたまに頭痛もする。病気かな」と相談したら、「疲れてるだけだから風呂にゆっくり入って早く寝ろ」とアドバイスを貰っていたので、ぬる湯に長風呂するのも今日に限っては良しとすることにした。
最近は毎週末長距離運転したり、睡眠時間もアンバランスだったし、そりゃ体の調子も悪くなる。頭を空っぽにして目を瞑って、誰も居ない浴室の水の音に耳をすませる。
帰りがけ、女将さんは閉店作業で女湯に行ってしまったので、120円を番台に置き冷蔵庫からカルピスを取り出す。今日はおやすみなさいが言えなかったなと思いながら、濡れたままの髪にバスタオルを被り、小雨の中帰路についた。
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東京ヴェルディアドベントカレンダーにて、12/19の記事を書かせて頂くtogoと申します。
まず、こういった楽しい企画を立ててくれた緑がちるさんの、行動力とヴェルディへの愛に、敬意と感謝を。ありがとうございます。
「楽しそう!」と思って何も考えずに、この企画に参加してしまった約1ヶ月前の自分を若干恨みながらも、この企画がなければ恐らく放置したまま2025年を終えていただろうこのブログに、新しい記事を半強制的に(自分で参加表明したくせに)書く機会を与えてくれたことを前向きに捉え、眠い目をこすりながらキーボードを叩いている12/20の夜中1時。(もう締切過ぎてるやんけ!)
テーマはヴェルディのこと……。うん。広すぎる。笑
応援のこと、J2の時のこと、好きな選手のこと、思い出の試合、楽しかったこと(1割)、キツかったこと(9割)、はたまた問題提起は重くなっちゃうしな……とネタを探っていたら、堂々巡りになってしまい、最終的に「自分、なんでヴェルディ応援してんだっけ」というところに行き着いた。なんで、ヴェルディ応援してんだっけ。
ここで、冒頭の写真である。
ヴェルディサポーターの方ならピンとくる景色。正確な年はわからないが、恐らく1992年〜93年くらいに撮られた、私と父の写真。撮影場所は、そう、ヴェルディグラウンドの前の坂だ。
坂に沿った「菅さくら公園」と「フルーツパーク」で遊んだ記憶。そしてよみうりランドの駐車場の方から、プリメーラグラウンドで走る選手達を眺めていた記憶。それが、自分の脳味噌の中で、ハッキリと映像で浮かび上がる、ヴェルディとの接点の一番古い記憶だ。
日野で産まれて、川崎で育つ
私は、1987年に東京都日野市の高幡不動にある産婦人科で産まれた。今はカラオケボックスになっている場所だ。(昔付き合っていた彼女と、自分が産まれた場所にあるカラオケボックスで遊んだ時はなんか変な感じがした)
母方の祖父の実家が日野にあり、里帰り出産で日野で産まれたのだが、自分の両親は川崎の多摩区に居を構えていたので「出身地」を問われると、日野か川崎か曖昧なところなのだが、今はホームタウン出身ということに誇りを感じたいので「日野市産まれ」を主張している。
では、なぜ当時新婚の両親は川崎に住んでいたかというと、どうやら我孫子だかの団地の抽選に落ちた末に、千代田線沿いに勤めていた父の通勤の便を考慮し、直通で行ける小田急線沿いの川崎市多摩区を選んだようだ。それで必然的に、幼少期の私は、休日は近所のよみうりランド周辺に出かけて遊ぶ機会が多かった、というわけだ。
つまり、両親のくじ運が良く、我孫子だかの団地の抽選に当選していたら……私とヴェルディの出会いの機会は失われていたし、柏レイソルが好きになって、みゃ長が応援の師になっていたかもしれない。両親のくじ運という偶然と、川崎に住んでいたことによる必然が組み合わさり、私はヴェルディと接点を持つようになった。
そして、93年。私が小学校に上がった年にJリーグが開幕し、ヴェルディのお膝元・多摩区のサッカー少年団に入団した私には、もはやヴェルディ川崎を応援する選択肢しかなかったのだ。

ヴェルディグラウンドの横にある、菅さくら公園にて。
川崎球場と、とんねるず
次に、一番古い「選手との接点」についての記憶。それは、「川崎球場」でのビスマルクとのハイタッチの記憶だ。ヴェルディの話しなのに、なんで野球場が出てくるのかというと……。
開幕当初は、いくら地元とはいえヴェルディの試合を観に行くという事はとてつもなくハードルが高く、我々一介のサッカー少年にとってヴェルディとの接点といえば、少年団が招かれるイベントくらいしかなかった。
その一環で、川崎球場で行われた、とんねるずの生ダラのサッカー企画(ノリさんの芸能人チームとヴェルディとのサッカー対決だったはず)の観覧として少年団が招かれた、というわけだ。その日は収録の観覧だけでなく、川崎球場のフィールドに降りて選手とリフティング対決やミニサッカーが行われ、そこで初めて、ヴェルディの選手を間近で見ることとなる。ビスマルク、そして阿部良則とのハイタッチ。それが、一番古い選手との接点の記憶だ。
当時のヴェルディといえば、巨人的な全国区の人気を目指したスター軍団で、ホームタウン軽視という固定観念が付きまとうけど、実際はしっかりと地元のサッカー少年に対して接点を設ける活動をしていたように思う。
更には、等々力競技場にサッカー少年が集められ、ヴェルディの紅白戦を観戦した記憶もある。紅白戦ですら、当時のサッカー少年達にとってはヴェルディと関わる貴重な機会だったのだ。(多分菅原は出てた)
「俺が応援しなきゃヴェルディヤバい」
学年を重ねるに連れヴェルディの成績は落ち、そして私にも転機が訪れる。祖母が亡くなり単身となった祖父と暮らすために、96年、小学校4年生の時に日野に舞い戻ることとなる。当然、よみうりランドや等々力競技場との距離は離れ、さらにヴェルディも凋落の一途を辿りつつあったので、思い入れが一時期停滞する。あれだけ熱狂したフランスW杯予選も、カズと北澤の落選によって本大会にはそれほど熱が入らなかったし、血迷って中学校では野球部に入ったり(結局厳しくて1学期で辞めた)。
99年、久しぶりに等々力競技場に観戦に行った際、閑古鳥が最盛期を迎えていたヴェルディの惨状を目の当たりにする。応援が1階と2階で別々にやっているし、そもそもどちらも人が数えるほどしかいない。それでも、カズもラモスも武田も柱谷も去った中、李国秀総監督の下、北澤中心に躍動する新生ヴェルディを見て、どこか放っておけない気持ちになる。山田卓也、米山篤志、林健太郎、小林慶行。今まで全く知らなかった選手達が緑を纏い、上位争いをしていた。お気に入りは浦和戦(等々力なのに8割赤かった)でロングシュートをぶち込んだジェフェルソンだった。
このあたりで明確に、「華々しくて憧れだったヴェルディ」ではなく、「俺が応援しなきゃヴェルディヤバい」という応援思考に完全に切り替わる。
そして、その思考を決定づけ、その後約25年の自分の人生を縛り付ける事になる、ある光景を目の当たりにする。
自分の脳裏にいつまでも残り続ける、99年9月18日、横浜国際競技場(現日産)での記憶……。
つづく

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Category : ニッキ,フットボール

BiSHから続いてきた幻影のようなものが、アユニ・Dの手によって引き裂かれて、新しい生命体が生まれたような感覚。もちろんそれは前向きなエネルギーに満ちたものだった。
2025年8月11日、日比谷野外大音楽堂。
夏の夜の野音でPEDROが聴ける、というだけで、しばらくPEDROのライブから離れていた人間を引き戻すには十分なシチュエーションだ。
「久々だし、新曲ばっかりだったら盛り上がれるかな。昔の曲も沢山やってほしいな」と、はじめは完全に物見遊山だったのだが、このシチュエーションは、新しいPEDRO、生きたPEDROを見せつけ、再び虜にさせる為に用意された場だったのか、ということに、ライブの後に気づくことになる。
ライブは「NIGHT NIGHT」「GALILEO」「夏」と、いわば「BiSHのアユニ・D」のソロプロジェクトとしての印象が強い時期の曲を立て続けに掻き鳴らしスタートした。この時期の曲はアガる。アガるように作られているから、間違いなくアガる。そういうPEDROも、それはそれで大好きだ。曲が乗せてくれるのも別に悪いことじゃない。
最近のPEDROは昔の曲をやらない、という先入観を持っていたので、少し拍子抜けしたような感覚もあったが、離れていた人間をまずはゼロ地点に戻す為には最高の立ち上がりだった(セットリストを考えた人は絶対策士)。
だが、良い意味での異変を感じたのは、4曲目の「東京」。
この曲もBiSHと並行して活動している時期の曲で、初の武道館ライブ「生活と記憶」でのパフォーマンスがとても心に残っている。
この武道館のライブを経て、BiSH解散、そしてPEDRO再始動となる流れの中で、どうしてもこの武道館での「東京」のパフォーマンスが忘れられずになかなか現在進行系のPEDROに戻れない、という思いがあった。「東京」は、それまでのアユニの人生そのものを歌ったような曲で、これこそがPEDROだと思っていた。
ただ、この日の野音での「東京」は、武道館で感じたものと全く違った。何が違ったんだろうか。それを言葉で表現できないのがもどかしい。ただ確実に言えるのは、「アユニさん、なんか強くなってる…」ということ。声なのかバンドの音なのか表情なのか。ちょっと儚げなところが魅力なアユニ、という印象をぶち壊すような強さ。
次の曲「感傷謳歌」も、ちょっとアイドルチックなポップチューンという印象だったが、いろんなものを乗り越えてありのままで勝負してます、という気概を感じさせてくれる一曲に変貌していた。特に、「無能な鷹だから、爪を見せびらかしてる、得意技は無いのに」という、「本当本気」のアンサー(と勝手に捉えてるけど)の部分は、歌詞に果実が実ってきたというか、本当本気のアユニ(第一形態)→感傷謳歌リリース時のアユニ(第二形態)→今のアユニ(第三形態)という進化を感じさせられた瞬間でもあった。
そこからのパフォーマンスは圧巻。
細部まで聴き込んでいない曲も多くあったが、曲に乗せられるのではなく、アユニのパフォーマンスと発せられるエネルギーと、バンドとして束になって迫ってくる音が、心を湧き立てた。曲も間違いなく良いんだけど、ライブでしか感じられないバンドの力で、知らない曲でも体が自然と動いてしまうような感覚だ。
このステージに至るまでの経緯(アユニの進化の道程)は、SNSだけの情報で「アユニ痩せちゃってなんか元気無さそうだしツイートもちょっと心配」と傍観者だった自分に語る資格は無いので、このドキュメンタリーをぜひ見て頂くことをオススメします。
こういう感想を踏まえてもっかい最初っから観たい、とは思うんだけど、このエネルギーを最初に生で受け取ったときの衝撃といったら、どんな音源を聴いても映像を見ても、それに上回るものは無いんだよな。だからライブって最高だし、ライブDVDって買ってもあんまり見る気が起きないんだよな。(出たら買うけど)

夏の夜の日比谷野音。雨上がりに響く虫の声と、ステージ上でのアユニの一挙手一投足が、今も目と耳と肌に焼き付いて離れない。
ステージまでの距離を感じさせないほどに、その表情までもが克明に。
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追伸:
そんな素晴らしいPEDROに呼応するかのように、CENTも素晴らしいミニアルバムをリリースした。
今のCENTを思い切り表現しているアルバムですので、ぜひ手にとってみて頂けたら嬉しいです。
何故か何枚も持っているので、ご興味があればお渡しいたします。(この点ではBiSHの幻影を引きずりまくってる件)
最後に推しのことも忘れてないぞ、ということをアピールして締めます。
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Category : オンガク
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